2017年05月16日

一年ぶりの大連

IMG_2770.JPG去年に続いて、今年も5月連休を利用して大連に戻った。チケットは1月に買っており、往復で3万円しなかった。
行きも帰りも、乗客は中国人が90%以上で日本人が少ないのには驚いた。数年前迄は、いかにも小姐に会いに行くお爺さんをグループで見たものだが・・・。
おっと、いたいた。(笑)
1人だが全く中国語喋れずに身振り手振りで携帯借りて、小姐に電話するおっさんが・・・。今時貴重種!
大連空港に着くと、嫁と子供が迎えに来てくれており、そのまま派出所に住居登録に行った。
ちなみにホテルに泊まるのであれば、この住居登録はいらない。理由はホテルのコンピュータが警察のデータベースと直結しているからだ。逆に言うと、このデータベースを見れば誰が何処に泊まっているか、一目でわかる。これは外国人だけでは無く、中国人でも同じだ。つまり、かの国の人々は移動について常識的に政府機関によって監視されているのである。
派出所に着くと、「担当者がいないので、明日来てくれ。」と言われた。出た出た。中国あるある。24時間以内に登録しないと罰金1日500元(約8,500円)ルールなのに、担当者が休みだと簡単に曲げられる。
一度、私の親が旧正月に来た際に受付の警察官から「担当者は1週間いない。」と言われた事があった。「じゃあ、登録は?」と聞くと、「別にいいんじゃない?いないんだから!」と言われた。中国語が出来ない親が、出国時に登録してない事で難癖付けられると怖いので、親の日本土産を渡し、その旨を紙に書いて貰った上に派出所の印鑑まで押して貰った。実際には外国人の登記ルールなんて、あって無いようなものだが、例え気休めでもやれる事はやって置くのが、かの国で生き残る術である。
明日と言われて、嫁は怒り出した。しかし、想定内。事前にその可能性がある事も言い聞かせておいた。「明日も来るのか!外国人面倒!」と独り言を言った嫁の次に、息子が質問しだした。「何で警察来たの?」良い質問だ。「外国人だから!」と答えると、「そっか!」で終わった。まだ、それ以上は考えられないようである。
マンションに着くと、息子が「散歩に行こう!」と誘って来た。こいつのお目当ては、散歩コースにあるコンビニでの買い物だ。
散歩していると、正門のロビーに宅配ロッカーが増えているのを発見した。3年前からあるにはあったが、こんなに多くは無かった。人口が多い分、いろんな試行錯誤がある訳で、効率を上げる工夫に関しては中国から学ぶ事があるかもしれない。仕組み的には先に通常配達し、不在の場合にのみ配達員がロッカーに入れ、受け取り人の携帯宛にパスワードを送るらしい。私は日本で団地に住んでいるが、こんなサービスがあればいいと切実に思う。コンビニに荷物を取りに行くのも以外に面倒だ。
実質、3日の滞在で感じたのは去年と大して変わって無い事と、やっぱり日本が住みやすいと言う事だった。

IMG_2769.JPG
posted by 大連逃亡者 at 07:30| 大連 | Comment(0) | TrackBack(0) | 大連生活関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月07日

勤めた会社がブラックだったら?B

課長以上がどんどん入れ替わる会社。こんな会社、普通あり得ない。どちらかと言えば、作業者レベルが入れ替わるのが普通だ。本当におかしな会社である。
そう思っている間にも時間は流れ、大連に行く日が来た。私の希望通り、嫁も子供も扶養に入れてもらい、研修終了前に3人分の健康保険証も受領した。
結局、本社研修と言っても、某顧客の生産管理担当者が突然辞めた穴埋めをさせられただけだった。残された資料を元に、何とか業務をこなしながら次の担当に引き継ぎした。それにしてもこの会社、行き当たりばったり感がハンパない。
ようやく、大連工場に出勤するようになった。だが、やる事が殆どない。中国人総経理といろいろ話したが、結局は本社からの注文が少な過ぎるとの結論だった。そこで、大連の商工会に入って横の繋がりを持ちたいと社長に提案した所、時期尚早と社長の娘から却下された。現地の商工会に入るのは海外に進出して直ぐにやる事だ。それが今までされてないし、その気もない。
数ヶ月か経ち、私が中国人総経理の代わりを出来るようになった頃、訳のわからない理由で中国人総経理が解雇され、社長の愛人(元日式カラオケ小姐)が総経理におさまった。金銭や決済関係だけをその愛人に引き継ぎ、それ以外は自分が受け持つと言う状況になった。
実はこれは私にとって非常に楽だった。品質や納期に対する責任は負わされるが、金銭面や受注に関しては全く無関心で良い。それでも、日本でちゃんとマトモな給料が支払われる。
この会社、日本本社は儲かっている。先代の社長が裸一貫で立ち上げて、勝ち取った信用があるからだ。先代が亡くなってから受注量は毎年落ちているものの、某大手企業の下請け会に入っているので、規模にあった仕事が黙っていても回ってくる。これが、課長以上が入れ替わっても平気な理由であった。
30半ばの元カラオケ小姐が、自分で仕事を取ってこれるわけもなく、マトモに会社を管理出来るわけもなく、従業員は会社に来て毎日トランプする日々を送った。私もいろんな提案をしたが、全て却下された為にやる気は完全に削がれていた。毎日、会社に来てネット巡回。マトモに仕事するのは、月4日ほど・・・。この状態で持つ方が可笑しいと思いながらも約2年が過ぎ、最後は社長が愛人に捨てられた(ヤクザ系の中国人男性と結婚した)事で大連工場は閉鎖となった。元々、先代が赤字覚悟で始めた事業で、今の社長は中国へ遊びに行く為の口実に継続させていた。内情がわかると惜しくも何とも無かった。
閉鎖後は日本本社で勤務してくれと言われ、言われるがままに本社へ戻った。中国赴任手当が無くなっても、残業代が出るならやって行けるとの計算だったが、辞める人間の穴埋めと社長は思っており、戻った月の給料から、その人間と全く同じにされた。課長クラスの給料から主任クラスに落とされるのは計算外で、それでは日本と大連の二重生活は維持出来ない。早々に転職活動し、2週間で今の会社を見つけ出した。
私は辞める時に、日本側の元中国工場担当者と今回の引き継ぎ相手と3人で本音トークをした。2人とも、この会社はヤバいと思いながらも、惰性で続けていたそうだ。今回、私が2週間で見つけ出して、転職する事を目の当たりにして、もう一人も考え直してみると言っていた。
ブラックだと思ったら、すぐ行動する。これは非常に大事だと思う。惰性でダラダラ続けていては、自分の為にも、他の同僚の為にもならない。こう言うと、自分が急に居なくなったら・・・と、思う立派な人もいるとは思うが、実際には会社は何ともならないし、それで自分を犠牲にしても誰も喜ばないのが現実だ。
posted by 大連逃亡者 at 10:08| 大連 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日本の生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月06日

勤めた会社がブラックだったら?A

初出勤日が赴任先の大連と言う、普通ではあり得ない状態で転職を果たした。
出勤して最初の仕事は、近々で一番安い日本行き航空券の手配である。数社に電話して金額を出して貰い、金額と日時を本社に送った。本社が指定したのは半月先の飛行機だった。
『日本での入社手続きはどうするのだろう?』と疑問に思って聞くと、「試用期間は年金も保険も加入しないから大丈夫です。」と総務部長(社長の身内)に言われた。こんな事を言われたのは初めてで、自分の中では完全にブラック認証した。
まあ、前は現地採用だったので、年金は国民年金を毎月払っていたし、健康保険なんて無かったのだから・・・と、思う事にした。この半月間は中国人総経理から大連工場や取引先の説明を受けただけで、仕事と言う仕事も無く、帰国済みの前任者の残した資料を毎日眺めていた。本社研修の初日は土曜日で、本社に荷物を置いた後、実家に戻った。親からは「良かったね。」と言われたが、ブラックである事は言えなかった。
本社研修初日に私の相手をしてくれたのは、経営企画室の次長だった。この人も転職組だったからか、かなり親切に全体研修をしてくれた。また、「社長と関わる職種だと1年持てば良い方!君は中国工場に行くから1年は大丈夫だな!」と言う解説もしてくれた。
笑えなかったのは、この次長さん、営業部長に品質管理課長と業務で関わった人には親しくして貰ったが、いずれも1ヶ月半の本社研修が終わる前に退職してしまったのには驚いた。
課長以上クラスが頻繁に入れ替わる会社・・・。予想以上のブラック企業だ。
posted by 大連逃亡者 at 15:14| 大連 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日本の生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月28日

勤めた会社がブラックだったら?@

日本へ一時帰国した際に、今は無き人材バンクで大連駐在の案件を見つけた。面接に行くと経営者夫婦が出てきて、たった30分の面接で採用が決まった。当時は大連でIT系の現地採用をしていたので、思いっきり喜んだが、同時にあの胡散臭いジジイが自分の人生を変える権限を持っていると思うと、ゾッとしたのを覚えてる。
大連に居ながら中国駐在員の職を探すのは難易度が高い。しかし、日本だとこんなラッキーが転がっている。そう思った。その時は!!
大連に戻った後、退社手続きをして、赴任予定の工場に見学に行った。中国人総経理と日本人顧問が迎えてくれたが、想像していたよりかなりボロっちい工場で驚き、さらに顧問からは「社長が何と言ったか知らんけど、ここはもう長くないから。」と言われて二度ビックリした。
撤退を考えている事は面接時に聞いていたが、実際にそこまで進行しているとは・・・。まあ、30分の面接で決まった会社だし、一年持てばいいかと思う事にした。退社手続きが終わって、次は日本本社で1ヶ月の研修である。
posted by 大連逃亡者 at 20:56| 大連 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日本の生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月27日

日本へ戻ってます。

勤めていた会社が大連事務所を閉鎖すると言うことで、帰国して、転職して早くも1年半経ちました。これから、ちょくちょく書いて行きます。(о´∀`о)
posted by 大連逃亡者 at 13:57| 大連 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日本の生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする