2017年05月07日

勤めた会社がブラックだったら?B

課長以上がどんどん入れ替わる会社。こんな会社、普通あり得ない。どちらかと言えば、作業者レベルが入れ替わるのが普通だ。本当におかしな会社である。
そう思っている間にも時間は流れ、大連に行く日が来た。私の希望通り、嫁も子供も扶養に入れてもらい、研修終了前に3人分の健康保険証も受領した。
結局、本社研修と言っても、某顧客の生産管理担当者が突然辞めた穴埋めをさせられただけだった。残された資料を元に、何とか業務をこなしながら次の担当に引き継ぎした。それにしてもこの会社、行き当たりばったり感がハンパない。
ようやく、大連工場に出勤するようになった。だが、やる事が殆どない。中国人総経理といろいろ話したが、結局は本社からの注文が少な過ぎるとの結論だった。そこで、大連の商工会に入って横の繋がりを持ちたいと社長に提案した所、時期尚早と社長の娘から却下された。現地の商工会に入るのは海外に進出して直ぐにやる事だ。それが今までされてないし、その気もない。
数ヶ月か経ち、私が中国人総経理の代わりを出来るようになった頃、訳のわからない理由で中国人総経理が解雇され、社長の愛人(元日式カラオケ小姐)が総経理におさまった。金銭や決済関係だけをその愛人に引き継ぎ、それ以外は自分が受け持つと言う状況になった。
実はこれは私にとって非常に楽だった。品質や納期に対する責任は負わされるが、金銭面や受注に関しては全く無関心で良い。それでも、日本でちゃんとマトモな給料が支払われる。
この会社、日本本社は儲かっている。先代の社長が裸一貫で立ち上げて、勝ち取った信用があるからだ。先代が亡くなってから受注量は毎年落ちているものの、某大手企業の下請け会に入っているので、規模にあった仕事が黙っていても回ってくる。これが、課長以上が入れ替わっても平気な理由であった。
30半ばの元カラオケ小姐が、自分で仕事を取ってこれるわけもなく、マトモに会社を管理出来るわけもなく、従業員は会社に来て毎日トランプする日々を送った。私もいろんな提案をしたが、全て却下された為にやる気は完全に削がれていた。毎日、会社に来てネット巡回。マトモに仕事するのは、月4日ほど・・・。この状態で持つ方が可笑しいと思いながらも約2年が過ぎ、最後は社長が愛人に捨てられた(ヤクザ系の中国人男性と結婚した)事で大連工場は閉鎖となった。元々、先代が赤字覚悟で始めた事業で、今の社長は中国へ遊びに行く為の口実に継続させていた。内情がわかると惜しくも何とも無かった。
閉鎖後は日本本社で勤務してくれと言われ、言われるがままに本社へ戻った。中国赴任手当が無くなっても、残業代が出るならやって行けるとの計算だったが、辞める人間の穴埋めと社長は思っており、戻った月の給料から、その人間と全く同じにされた。課長クラスの給料から主任クラスに落とされるのは計算外で、それでは日本と大連の二重生活は維持出来ない。早々に転職活動し、2週間で今の会社を見つけ出した。
私は辞める時に、日本側の元中国工場担当者と今回の引き継ぎ相手と3人で本音トークをした。2人とも、この会社はヤバいと思いながらも、惰性で続けていたそうだ。今回、私が2週間で見つけ出して、転職する事を目の当たりにして、もう一人も考え直してみると言っていた。
ブラックだと思ったら、すぐ行動する。これは非常に大事だと思う。惰性でダラダラ続けていては、自分の為にも、他の同僚の為にもならない。こう言うと、自分が急に居なくなったら・・・と、思う立派な人もいるとは思うが、実際には会社は何ともならないし、それで自分を犠牲にしても誰も喜ばないのが現実だ。
posted by 大連逃亡者 at 10:08| 大連 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日本の生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする